デザインにおける”オシャレ”とは何なのか

デザインのオシャレとは

「デザイン」と聞いてどんなことを連想するでしょうか?

私にとってのデザインとはあくまでも物事を分かりやすく伝えるためのひとつの手段だと思っています。

例えばこのブログ記事内でもよく読んでほしい部分は太字で書かれていたり、要点をくしてみたりと色々自分なりに“どうすれば伝わりやすくなるのか”を考えて書いています。

これもデザインなのです。

本来であれば別に書いた文字をわざわざカーソルで選択して太字ボタンを押して装飾する必要なんてありませんし、出来ることならそんな手間のかかることはやりたくありません。

では、なぜそうするのか?

そうしないと読者は読んでくれないからです。

なぜそうしないと読者は読んでくれないのか?

文字に飽きてしまうからです。

なぜ文字に飽きてしまうのか?

いくらカレーが好きでも毎日3食カレーが出てきたら嫌でしょう?

それと同じで、何の変哲もない文字ばかり並べていても読者は自然と文字を見ることに飽きてきてしまうんです。だから時々色や太さを変えてあげるんです。

そうすると不思議なことに、その変化のある文字を理解しようとするためにその前後の文字も把握しようとするんですよ。

結果として文字に色や太さなどの装飾を加えることで、読者にとってはそれがブログという森に迷い込んだ時の道しるべになり、書き手にとっては伝えたいことをターゲットに伝わりやすくするための手段となるわけです。

 

ここからが本題

冒頭で”デザインとはあくまでも物事を分かりやすく伝えるためのひとつの手段”と言いました。

それではデザインにおける「装飾」とはいったい何なのでしょうか?

一般的にデザインとは「オシャレに仕上げること」だと思われがちです。

これも間違いではないと思います。

では、その「オシャレ」とはなんなのでしょう?

デザインにおける「オシャレ」というのは“デザインの雰囲気(テイスト)であり、これもまたひとつの手段”でしかないと私は思っています。

例えば子ども向けのかわいらしいクマのぬいぐるみを売り出すためにチラシを作ったとしましょう。

そのチラシのデザインが白黒カラーのスタイリッシュでカッコいいデザインだったらどうでしょう?

例えば男性向けの筋トレグッズを販売するための紹介サイトを作ったとしましょう。

そのサイトのデザインが薄いピンクを基調としたキラキラ系のデザインだったらどうでしょう?

「なんか違う」と、そう思いませんか?

仮に文字がどんなに読みやすいサイズや配置だったとしても、

仮に使われている写真の配置や使い方がどんなに素敵なものだったとしても、

デザインの雰囲気が伝えたいことの目的に合っていなければそれは果たして”デザイン”と言えるのでしょうか?

 

唐突なまとめ

たまに見かけるのですが、日本人が見るためのサイトなのに英語を多用していたり、あまりにもデザインの雰囲気が芸術的すぎて結局何を伝えたいのかが分からなかったり…

デザインをオシャレにカッコよく・かわいく・ゴージャスにどう仕上げようとも勝手ですが、本来の「伝える」という部分をおろそかにしてしまってはそのデザインは死んでいるも同然で、そんな作品はデザイナーのエゴでしかありません。

デザインとアートは同じ”思想を表現する”という立場にありますが、その本質には大きな違いがあります。

あなたは伝達者(デザイナー)ですか?

それとも芸術家(アーティスト)ですか?

デザイナーはもう一度「伝える」という原点に立ち返り自分を見つめなおしてみましょう。

そしてこれからデザインを誰かに依頼しようとしている方は「何を伝えたいのか」をしっかりとデザイナーに寄り添い伝えましょう。

デザイナーはあなたの代わりに、あなたの思いを表現してくれる、もう1人のあなたなのです。

 

参考記事